まだ名もないそのスキル#18「ラムネ」

 目は覚めたが、先ほど大猿の魔獣に蹴り飛ばされたこともあって、見た目以上に損傷はひどい。
 折れた肋骨が肺に刺さり、咳をすると血が混じっていた。

《……”ハイヒール”、……”身体強化”、……”痛覚無効”》

 イーサンとスノウの交わった声が、傷ついた肉体の緊急措置を行う。

(これぐらいで良いんじゃないかしら)
「そうだな……。じゃあ行くか」
 起き上がると少し助走をつけ、飛んだ。

 10メートルは離れている大猿の魔獣の横顔に”飛び蹴り”が入る。

 大猿の魔獣もといミーゼルは不意を突かれ、ニグルドを掴んだ手もほどける。
 そして、勢いよく反対の横顔から壁へとぶつかって、そのまま壁が壊れた。

 急いでニグルドの怪我の具合をみた。顔は腫れあがり、口の中には血が溜まっていた。

「ハイヒールッ!」
 イーサンの声だけが虚しく響く。

「クソッ!」
(期待すんじゃないわよ。あんた、分かっててやったでしょ?)

 イーサンはスノウが端からハイヒールを使わないことがわかっていた。スノウの目的は大猿の魔獣を倒すことであり、見ず知らずの後輩を助けることではない。

 だが淡い期待をしてしまった。

「待ってろよニグルド。すぐに片付けて救急士呼ぶから……」
 ニグルドが口に溜まった血で苦しくないように体を横にしてあげた。

 ミーゼルの体で壊れた壁の方から物音がする。

「てめぇー!今何やったか分かってんだろなぁー!」
 ミーゼルが目を真っ赤にして、凄い形相でイーサンのことを睨みつける。

 だが、睨みつけた先にイーサンの姿は無かった。あたりを見渡すミーゼル。

《ここだよ》

 声がした下の方を向いた瞬間。目と鼻の先には拳が見えた。
 そのあともイーサンとスノウが一方的に蹂躙する。

 ミーゼルは一方的な蹂躙に勝ち目がないと思ったのか……

 「もうやめてくれっ!俺が悪かった!ニグルドにはしつけのつもりだったんだ!ニグルドにも謝る。すまなかったニグルド!なっ、”許してくれるよな”イーサン。」

 その瞬間、イーサンは頭の左側を押さえて片膝をついた。イーサンには何が起きたのかわからなかった。

「はぁ~。このスキルは発動までにコストがかかりすぎるのが良くないよなぁ。なあ、イーサンもそう思うだろ――」
 ミーゼルの大足がイーサンの頭を踏みつける。

 足を振り下ろした周辺には大きな砂埃が立った。

 しかし、ミーゼルが思ってた感触ではなかったのか、足をよけると片腕だけで防がれている。
 ミーゼルは新しいおもちゃでも見つけたかのようにほくそ笑む。

 イーサンが意識を保てなくなると、体の動きは格段に落ちた。
 立場が逆転し、ミーゼルからの攻撃に防戦一方となってしまった。

 防戦のあいだもスノウがイーサンに呼びかける。
(あんたいい加減にしなさい!目を覚ませっつーの!)

 だがイーサンの意識はもうろうとしている。

(スノウの声が聞こえる。
 何言ってんだあいつ。
 なんで俺はミーゼルと戦ってるんだっけ?
 あ、そうか。ニグルドにひどいことをしてたのが許せなかったのか。
 十分、痛い目には合わせたよな?
 しつけにしてはやりすぎだったよな。
 謝ったってことは反省してるってことだよな?
 あれ?なんでそれなのに俺がミーゲルに殴られてんだ?)

『このお人好しがぁーいい加減にしろぉー!』
 スノウの大声が聞こえた。こんな大きな声が出せるのかと思ったほどだ。
 意識が戻ると、自分の右腕が俺の顔を殴った直後だった。

(はい。いま起きました。)
 イーサンは胸の内でそう言った。
 痛みはなかったが、大型の熊にタックルされたぐらいは飛んでたはずだ。

 ミーゼルはイーサンが自分の顔を殴る様子がおかしかったようで笑っていた。

「そんなことやったって無駄無駄ぁ~」
 ミーゼルは勝ちを確信しているのか、隙だらけだった。

(貸しひとつだかんねー)
「はいはい」

 倒れたまま拳の開いた右腕を前に出す。
《”アイススピア多重展開”。”速度超過”と”硬質化”、あとは”必中”を付与》

 「だからあんたはクソなんだよ」
 そういって拳を握ると、十本の氷の槍が大猿の魔獣を貫いた。

 大猿の魔獣に近づくと既に死んでいる。あっけない終わり方だった。バトル漫画だったら全修正ものだ。

 死んだ大猿の魔獣に向かって《”養分(ニュートリエンツ)”》と唱えた。
 そこにはラムネのようなものが一粒、転がっているだけだった。

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